人類最大の発明はなに?

こどもからはじまる「つくる」こと。人間にとって、この「つくる」とは何か? 聖心女子大学の水島尚喜先生が思索を綴ります。今回は、人類が描いたあるものに迫ります。

石器製作と想像力

あなたは、人類の最大の発明は何だと思いますか? 文字? グーテンベルグの印刷術? それともiPhone

 

私は第一に「石器」を挙げたいと思います。人類最古の道具として、石などを打ち叩いてつくられた打製石器です。他の動物が何らかの形で石を道具的に使用する例もありますが、自らが加工して道具の制作を行うのは人類だけです。といっても最近の研究報告では、300万年以上も前の二足歩行を始めた猿人の時代に、稚拙ながら簡単な石器をつくり始めていました。それ以来、道具は手の延長として様々なことを可能にしました。ナイフ形の石器は、獲物を捕らえ、その皮を剥いだり肉を切ったりといった用途をもち、人類が生き残るために大きな貢献を果たしました。

 

 

人間の身体だけでは困難なことを、次々に可能にしていったのです。理性ある「知性人(ホモサピエンスHomo sapiens)」に対して、人間の本質を、物を生み出す道具をつくる人「工作人(ホモファーベルHomo faber)」として捉える所以です(※1)。この道具の発展史は、人類史のひとつのメインストリームとなっています。映画監督スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』では、簡単な構造の人類初期の道具が、未来の宇宙ステーションと同質の存在であることが、映像のオーバーラップの手法で描かれていました。

 

そして、石器の製作過程においては、完成させたい様態を思い描くイメージが必要とされます。目の前に現存している形と、在らざる形を結びつけるイメージ能力が、やがて石器の製作によって備わっていったのでしょう。その時、ただ静止画像的に完成したイメージを思い描いていたのではなく、石器を使用した時の手ごたえや、制作過程における身体的イメージも大きく関与しました。そして、手を動かす楽しみや、よく出来た石器で満足な成果が得られた時の喜びは、何よりの報奨となったことでしょう。そのような悠久の経験の反復が想像することの基盤を形成したのではないでしょうか。

 

世界最古のショーヴェ洞窟壁画

一方、およそ6〜5万年前にアフリカから拡散していった人類(ホモ-サピエンス)は、4~1万年前の氷河期のヨーロッパに到達し、定住するようになりました。この頃から、人類は、絵を盛んに描くようになりました。


© Patrick Aventurier - Caverne du Pont d'Arc

 

1994年にフランス南部で発見されたショーヴェ洞窟内部の300点以上の絵画は、36千年前のものと推測され、現存する世界最古の洞窟壁画です。最古でありながら、現代の画家のように、スケッチ帳に試行錯誤しながら、描き方を工夫しているかのような様子が伺えます。試し描きしたり、重ねて描いたりしています。どんな人類が描いたのかはわかっておらず、描かれた年代にも幅があり、描き方も一様ではありませんが、絵による思考がしっかりと展開されています。

 

洞窟壁画は、なぜ描かれたのでしょうか。これまで、呪術説、男女両性神話説、トーテミズム、シャーマニズムなどの諸説が示されてきました。また動物が描かれていることが多いため、近年に至りビジュアルソースとして図鑑的な役割を果たしていたのではないかという説もあります。

 

 

いずれにせよ、ショーヴェ洞窟壁画のアーティストは、眼前には存在しない動物や消えゆくイメージを忘却の彼方から呼び戻し、それらを定着することに熱心でした。ここでは、今日のカメラ、いやそれ以上に自由度の高いイメージ生成装置として、「描くこと」を人類最大の発明として位置付けたいと思います。前項の「道具」は身体の延長として、体の外に外在化されたものでした。一方、「描くこと」は、外的な世界と内的な世界の両面に密接に関わります。記憶の糸を手繰り寄せるかのように、網膜から過ぎ去ってしまった過去のイメージを、目の前に現存させようとする営為は、まさしく想像力のなせる技です。描かれた絵によって過去を思い出し、未来を描くことができます。過去、現在、未来は、描くという行為で、架橋できるようになったのです。

 

世界遺産のラスコー洞窟壁画

フランス西南部にあるラスコー壁画は、1940年に、穴に落ち込んだ犬を救おうとした地元の少年たちによって発見されました。約2万年前に描かれた600頭に及ぶ躍動感ある動物たちの彩色画は、洞窟壁画の最高峰と称されています。そのラスコー洞窟の奥まった箇所に、長さ18メーター、高さが約4メーター、幅が約2メーター程度のギャラリー空間があります。「軸状ギャラリー」と呼ばれ壁面の上部と天井は真っ白でキメの細かい方解石に覆われています。絵を描いたクロマニョン人たちはそこに色彩を用いて、60種類ほどの動物を描いています。下の写真は「中国馬」との愛称で呼ばれるラスコーで最も有名な彩色絵画です。

 

"Höhle von Lascaux" Licensed under [Public domain], via wikimedia commons

 

立て髪には、ボカシの技法が用いられていて、実にニュアンスにあふれています。さらにショーヴェ洞窟同様、黒色による線的表現が用いられています。線は実際の外界に存在しないものです。もののアウトラインは、色や明るさなどが異なる面の境目であり、概念化されたものです。我々人類が、獲得した脳の機能と言えます。「中国馬」の場合、その線によってより動きへの感性がダイナミックに表示されています。感覚情報の中に、特徴的な内容を機敏に感じ取っているように思います。

 

 

生きた馬の写真と比較して見てください。驚異的とも言える2万年前の芸術作品です。実際には野牛や馬は、当時の人類の貴重な食料でした(牛ステーキだけでなく、「蹴飛ばし(※2)」も…)。腹部や前脚部には、投げ矢が描かれていて、想像の世界の中で、何らかのシミュレーションを行っていたように見えるのです。(続く)


※1.「ホモ-サピエンス」は18世紀の生物・植物学者カール・フォン・リンネが考案。現生人類を意味する人類学上の学名となっている。「ホモ-ファーベル」はフランスの哲学者アンリ・ベルクソンによって定義された言葉。

※2.「蹴飛ばし」は馬肉の俗称。

PROFILE
水島尚喜先生 みずしまなおき

聖心女子大学教授。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。文部科学省学習指導要領(「美術」及び「図画工作」)作成協力者。元全国大学造形美術教育教員養成協議会会長。現在、美術科教育学会代表理事。ローハンプトン大学(英)、ボローニャ大学(伊)等で客員教授を務める。共編著に『図画工作・美術教育研究 第三版』(2010年、教育出版)など、多数。ズッコファミリアでは、人間にとって「つくる」こととは何かを巡る思索を綴ります。コラムのアイキャッチ画像で、水島先生の背景に写っている壁画は、美術家・田窪恭治さんの『Le Pommier d’Or 黄金の林檎』です。聖心女子大学にあります。

文/水島尚喜

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