絵画的思考と文字的思考(その1)

聖心女子大学の水島尚喜先生が人間にとって「つくる」とは何かを探るコラムです。今回は「絵画的思考と文字的思考(その1)」として、「ぞうさん」「やぎさんゆうびん」「いちねんせいになったら」など、数多くの童謡の作詩で知られる詩人まど・みちおさんから、文化創造を可能にした人類の脳について考えます。

前回のコラムでは、「想像力」が打製石器や洞窟壁画という文化財を生み出した原動力であることを指摘しました。人類は、想像力という能力によって目の前にないものを再生し、イメージの加除や変形を行いながら文化生成を可能としたのです。ラスコーの壁画では、動物の体に突き刺さる投げ矢が多く描かれていました。もちろん狭い洞窟の深部に、動物を連れ込んで描写したわけではありません。暗闇の中にちらちらと灯るランプを頼りに、手に入れたい獲物を岩肌に現出させ、その肉体に想像の槍を打ち込んでいたのです。さらには、現実世界にはない「線」によって動物たちは描かれました。感覚情報から特徴的な部分を抽出することができる脳の働きを獲得していたからです。このような文化創造を可能にした脳の働きについて、さらに考えてみたいと思います。

 

詩人まど・みちおさんの絵

以前、詩人まど・みちおさん(1909~2014)にインタビューする機会がありました。当時、まどさんは100歳の齢を重ねていらっしゃいました。が、その感性はとても清新、柔軟で、まさに「三つ子の魂百まで」といった程でした。センスオブワンダーに満ち溢れた受け応えは、100歳の方のそれとは到底思えませんでした。喩えが奇異かもしれませんが、100歳の老人の着ぐるみの中に、3歳児さんが入っているかのような不思議な感覚に囚われました。

 

まど・みちおさんの著作『まど・みちお 100歳の画集 絵をかいていちんち』(新潮社刊)。まどさんが51~59歳にかけて描かれた「自選画帖」と、99~100歳の間に描かれた「100歳の画帖」の2章仕立てでまどさんの絵をじっくりと味わうことができる。水島先生が特に気に入っているのは100頁に掲載されている絵なのだそう。

 

そのインタビュー中で最も印象的な言いは、「私は詩人なのですけれども(十二分に存じ上げております!)、言葉で詩作することよりも、実は絵を描くことのほうが好きなのです。」と断言されたことです。

 

当時、まどさんは、療養中の病院の一室で日に2、3枚のペースで絵を描いていらっしゃいました。もちろん詩作もなさるわけですが、色サインペンやボールペンを駆使してパウル・クレー(※1)のような叙情性溢れる記号的な絵画を制作していました。震える手で描くもよし、直線が必要ならば定規を使うもよし、といった具合に。そこには、ヘンリー・ミラー(※2)の絵画にも通底する精神の自由が充溢(じゅういつ)しているように感じました。文字で添え書きが入る場合もありましたが、絵を描くことが第一だったのです。

 

好きな理由として、「言葉にはたくさんの制約やルールがあります。絵にはそのようなものは少なくいたって自由です。だから絵の方が、私は好きなのです。」ときっぱりとおっしゃいました。

 

まど・みちお《ぞう(さん)》, 17.8×25.5cm, 1977年7月, 周南市美術博物館蔵

 

まどさんの描いた「ぞうさん」の絵をみてください。詩人が描いたとても素敵な絵(まどさんが68歳の時に描いた作品)です。形状、描線、色彩などの持つ質的、感情的な内容や鼻の先の赤い風船のシンボル性等、多様な意味内容がネットワーク化されて、全体的な印象として伝わってきます。絵では、直感的に全体を把握することができます。

 

まど・みちおさんから戴いた「ぞうさん」の色紙。震える手を抑制しながら丹誠込めて書いてくださる姿を拝見し、涙が出そうでした。(水島)

 

一方、書き文字の「ぞうさん」の色紙からも、柔和な文字面による意味性が伝わってきます。しかしながら、文字という記号の組み合わせによってコード化された内容を解読する、という伝達方法に大きな違いがあります。

 

阪田寛夫氏の著作『まどさんのうた』には、「ぞうさん」の作者自身の解釈が紹介されています(※3)。

 

「ぞうの子は、鼻がながいねと悪口を言われた時に、しょげたり腹を立てたりする代わりに、一番好きなかあさんも長いのよ、と誇りを持って答えた。それは、ぞうがぞうとして生かされていることが、すばらしいと思っているからです。だからこの歌は、ぞうに生まれてうれしいぞうの歌、と思われたがっているでしょう(中略)

目の色が違っても、髪の色が違っても、みんな仲よくしよう、などとよく言われますけれども(中略)私はそうではなくて、目の色が違うから、肌の色が違うから、すばらしい。違うから、仲よくしようというんです」

 

人間のみならず、全ての存在を肯定するまどさんがそこにいます。このような哲学的で精緻な内容を伝えることができるのは、文字媒体による伝達の特徴といってよいでしょう。

 

まどさんは、「絵と文字の間」を自由に遊びながら、森羅万象の存在への愛を体現されていたのではないでしょうか。そして、人間の表象が立ち現れる文字以前の地点を、晩年こよなく愛おしんでいたように思うのです。それは、人間の想像力が生み出される「ゼロ地点」だったのではないでしょうか?

 

絵画的思考と文字的思考(その2)につづく

 


※1:20世紀スイスの画家、美術理論家。バウハウスでも教鞭をとっていた。代表作に『セネシオ』(1922)や『忘れっぽい天使』(1939)など。

※2:『北回帰線』などで知られる20世紀アメリカの小説家。生涯を通じて絵を描いていた。

※3:阪田寛夫, 「まどさんのうた」, 童話屋, 1989,  pp.100-101

PROFILE
水島尚喜先生 みずしまなおき

聖心女子大学教授。東京学芸大学大学院教育学研究科修士課程修了。文部科学省学習指導要領(「美術」及び「図画工作」)作成協力者。元全国大学造形美術教育教員養成協議会会長。現在、美術科教育学会代表理事。ローハンプトン大学(英)、ボローニャ大学(伊)等で客員教授を務める。共編著に『図画工作・美術教育研究 第三版』(2010年、教育出版)など、多数。ズッコファミリアでは、人間にとって「つくる」こととは何かを巡る思索を綴ります。コラムのアイキャッチ画像で、水島先生の背景に写っている壁画は、美術家・田窪恭治さんの『Le Pommier d’Or 黄金の林檎』です。聖心女子大学にあります。

文/水島尚喜

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