はじめての絵

「ジジと、孫と、成長と。」は、芸術学博士の奥村高明先生が、初孫の成長を見つめながら、気づいたことや感じたことを思いのままに綴るコラムです。再掲載にあたって、註の訂正および写真のイラスト化を行っています。

「ジジは親よりも甘やかすが、余裕がある」はずです、責任がないし…。なので「冷静にこどもの成長を見ることができる」と思っています。「長く生きている分、少しばかり知識もある」とも思っています。まあ、怪しいもんですが…。なので「こどもの成長を単純に喜ぶのではなく(いや、それだけで十分うれしいんですけど)、論理的に解説することができる」だろうと思っています。本連載はそういう自己満足的な内容になるはずです。ご容赦ください(※1)。


第一回は「はじめての絵」。

こどもにとって、「はじめての絵」はかなり幅があります。年齢でいうとだいたい1歳前後だと言われています(※2)。ただ、それは本人が独力で描いたというよりも、本人、画用紙、クレヨン、周りにいる大人などが複数からんであらわれる現象です。

 

孫がはじめてクレヨンをもって絵を描いた瞬間です。え? これが絵なのかって。もちろん私たちが絵だと思い浮かべる絵ではありません。痕跡に過ぎないでしょう。でも、本人が描いた後に、周りに向かって「アッ」と言ったのです。「ぼくは何かしたよ」ということを自分で意識しているわけです。


描いた後に振り向いて、「アッ!」と周りの大人にアピールする

 

この「周りに訴えた」ということが大切だと思います。なぜなら、「はじめての絵」の「周り」には「大人がいる」ということだからです(※3)。周りの大人は「すごい!」「絵を描いた!」と大騒ぎをします。それで、ますますこどもは興奮するので、もしかすると描き続けるかもしれません。「はじめての絵」は、周囲の人々がいて成り立つ相互行為的な実践なのです(※4)。

 

加えて、多くの場合、何もない真っ白な画面に描かれることはありません。親や大人が何か描いた「上に」描くことがほとんどです。このときはジジが購入したロール画用紙を、母親が壁にはって、そこに絵を描いていました。それを見た孫が、ジジの膝の上に乗ってきたので、クレヨンを持たせてみたら、絵を描いたのです。つまり、大人の真似をする行為が「はじめての絵」になるということです。


クレヨンを持たせると、大人の絵の上に描く

 

まとめれば、「はじめての絵」が生まれるためには、
・本人がクレヨンなどを握れるようになる
・画用紙やクレヨンなどがそこにある
・周りの大人が何かしら描いている
・そこにこどもが自分の行為を重ねる
という複数の資源や行為がからんで生じる協働作業なのです。

 

そうであれば、もし「うちの子、絵は描かないわ」というご家庭があって、それを大人が心配しているとしたら、まずは画用紙とクレヨンを用意して、こどもの目の前で、お話をしながら絵や文字を描いてみるとよいでしょう。そのとき、こどもが私たちに身を重ねることができる状況が生まれれば、「はじめての絵」は誕生すると思うのです。


※1:本コラムは奥村高明『美術教育における相互行為分析の視座 ~状況的学習論を基にした相互行為分析による指導法の改善~』筑波大学, 2011を基にしています。

※2:「ふつう子供は一才前後のあたりから、鉛筆やクレヨンをもつ機会があると、紙になにかを描くことを始める」鬼丸吉弘(著)『児童画のロゴス』勁草書房, 1981

※3:近年の研究には、1, 2歳児に絞った丁寧な縦断研究に片岡杏子(著)「子どもは描きながら世界をつくる エピソードで読む描画の始まり」ミネルヴァ書房, 2016があります。本コラムで取り上げた場面と同様の場面が、相互行為分析とはまた違う切り口で解説されています。

※4:幼児の造形行為が相互行為として行われることを美術教育で最初に指摘したのは、上越教育大学の松本健義です。松本健義「幼児の造形行為における他者との相互行為の役割に関する事例研究(1)」『美術教育学第15号』美術科教育学会, 1994

PROFILE
奥村⾼明先⽣ おくむらたかあき

日本体育大学児童スポーツ教育学部教授、芸術学博士(筑波大学)。公⽴⼩中学校教諭、宮崎⼤学附属⼩学校教官、宮崎県⽴美術館学芸員、⽂部科学省教科調査官、聖徳大学教授を経て、2018年より現職。専⾨は図画⼯作・美術教育、鑑賞教育など。『⼦どもの絵の⾒⽅〜⼦どもの世界を鑑賞するまなざし〜』(東洋館出版社)、『美術館活⽤術』(美術出版社)など著書多数。ズッコファミリアでは初孫の成長を見つめながら、慌ただしくも幸せな日々を綴るコラム「ジジと、孫と、成長と」を連載。

文/奥村高明 イラストレーション/ズッコファミリア編集部

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