質問:忙しくて、こどもと絵を描いたり、工作したりする時間がもてません。他所でこどもが活動できていれば、親と一緒に家でやらなくてもいいのではないでしょうか?
こどもの「つくる」に関する保護者のお悩みに、楽しい図工のスペシャリスト辻政博(ひつじ先生)がお答えします。
Q:幼稚園、保育園や学校でお絵描きや工作の時間があるから、家庭でやらなくてもいいのかなと思ってしまいます。
素人の親が教えるよりも、きちんとノウハウのある先生にお任せしたほうがよいのではないでしょうか。
A:こどもにとって学校と家庭は大きく異なる場所です。家庭の自由な雰囲気の中で、のびのびとつくる味わいは格別です。
また、親子で一緒に活動することでお互いを知る機会にもなります。用具や材料を一緒に揃えれば、つくりたい気持ちが高まるはずです。
こどもの豊かな育ちのために
みなさん、たいへん忙しい日々を過ごされていますよね。そうした中でも、一緒に遊びながら、こどもと向き合う時間をつくることが子育てにおいて大事だと考えて、実践されている方も多いと思います。その遊びの選択肢のひとつとして、お絵かきや工作をすると、こどもの育ちがより豊かになるのではないかと思うのです。
学校や幼稚園・保育園と、自分の家とでは、環境や人間関係が違います。学校や幼稚園・保育園は、教育の場であり、教育目的の範囲の中で活動しています。家庭はもっとプライベートな場所です。家族とコミュニケーションをとりながら、自由な雰囲気の中でつくることで、つくる楽しさを味わうことができます。そうした中での創作活動はこどもの成長にとても大事なので、ぜひ普段の家庭生活の中で機会を設けてほしいと思います。
「学校は学校だから」
フランスの研究者G・H・リュケ(1876-1965)の書籍『子どもの絵』(※1)で読んだ話ですが、こどもが学校から持ち帰る絵と、家で描く絵を見比べたら、家で描く絵はのびのびと自由なのに、学校のは少し違う。そこで、「どうして?」と聞いたところ、こどもが「学校は学校だから」と答えたそうです(笑)。
学校には学校の制度や課題、人間関係があり、そういうものの中での振舞いとして絵を描いていて、本音の絵は家で描いているんだというエピソードがとても印象的でしたね。本音が出せる場である家庭が果たす役割は大きいのだと感じさせられました。
こどもは「公的な場」と「私的な場」で、それぞれの場に合わせた「自分」というものを意識して使い分けているんですね。また、学校では必ず「評価」というものが出てきます。評価は、課題に対してどれだけできたかを知ることができる指標になりますが、一方で、評価にのらないような「自分の世界」もあるので、それは自宅のようなプライベートな場所のほうがのびのびと描けるのではないでしょうか。
近年、学校は確実に忙しくなってきているようです。いろいろな課題がたくさんあり過ぎるくらいある状況です。しないといけないことが多くて、「自分の思い」そのものを育む時間や機会がなくなってきているとも言えます。表現活動は、いろいろ考えながら、試しなが ら、自分の思いそのものを育む数少ない機会です。ぜひ、そうした時間をつくってほしいですね。
「マイお道具箱」をつくろう
用具や材料によって表現世界が広がるのが図工の特徴なので、用具や材料が家に用意してあれば、こどもはいつでも描きたいときに描くようになりますよ。
描画材としては、クレヨン、鉛筆、色鉛筆、カラーペン、チョークもいいですね。絵の具もありますが、絵の具は水を使ったり汚れたりするので、自分で準備から片づけまでできる年齢になってから使うのがよいと思います。紙はあまり凝ったものではなく、家にあるコピー紙、画用紙、折り紙、段ボールの箱、広告の裏面でもよいですね。お金をかけなくてもよいので、いろいろな質感の紙を用意しておくといいでしょう。
用具や材料は、一度にすべて揃えるのではなく、こどもと一緒にゆっくりあつめて、箱を次第にいっぱいにしていくとよいですよ。(辻)
ほかには、はさみ。はさみは、小さい頃から使い慣れていれば、ものを切って分解して、違う形に組み合わせるというような表現ができます。安全面にだけ気をつけてあげれば、とても便利な道具です。接着するものとしては、のりやテープもあるとよいでしょう。
自分で材料を集めることもできます。どんぐりや石ころ、いらなくなったボタンなど。自分で集めると愛着が出てくるので、表現したい気持ちも高まると思います。そういうものを集めた「マイお道具箱」や「マイ材料箱」みたいなものを親子で一緒に整えていくと、親も自然とつくりたい気持ちになっていくのではないでしょうか。
現代社会の風潮としては、すぐに成果を求めがちですが、すぐに絵を描かなくてもいいのです。つくる前のこうした時間が、とても大切だと思います。
知らない一面が見られるかも
こどもは、材料と用具があれば一人でどんどんやっていくでしょうし、それはそれでよいでしょう。でも、親子で一緒に話し合いながら工作や描く場面をつくることで、お互いに発見があったり、価値観を共有したりすることができます。意外とお互いのことを知らなかったことに気づくこともあるかもしれません。考えていることや気持ち、好みや趣味など、活動を通して知っていくのはとても楽しいことですよ。
また、つくり方を教えてあげたり手伝ってあげたり、のこぎりや金づちなど、こどもがまだ扱えないような道具を使う部分を親が代わってあげれば、尊敬されるかもしれません(笑)。
家にあるものでは、ペットボトルなどの廃材も魅力的な材料に変身します。クレヨンで模様をつけるだけでも、楽しいオブジェがつくれますよ。最近は、ペットボトルに描けるクレヨンなどの用具も開発されています。(辻)
親自身が上手下手を気にしてしまったり、気負ってしまったりすることもあるかもしれませんが、気楽にやるのがいいと思います。生活の中のちょっとしたレクリエーションというくらいで十分です。そして、こどもと一緒につくったものを、家の中に飾ってみましょう。こどもの作品が飾ってあると、空間の雰囲気がやわらかくなりますよ。こどもも自分がつくったものが飾られていたら、自分が受け入れられて認められている気持ちになり、うれしいものなのですよ。
※1:G・H・リュケ著, 須賀哲夫監訳, 『子どもの絵』, 金子書房, 1979
※各コラムでは、情報や内容について細心の注意を払っていますが、すべての方にあてはまるものではありません。 ご自身の判断のもと、あくまでも参考としてご利用ください。
作:谷川 俊太郎
絵:和田 誠
出版社:福音館書店
定価:900円+税
あらすじ:日曜日の朝、何もすることがなかったので、ひろしは穴を掘り始めます。途中、おかあさんやいもうとのゆきこ、となりのしゅうじくんやおとうさんがやってきて、いろいろなことを言います。でも、ひろしはただ穴を掘り続けます…。(出版社紹介より)
穴を掘る主人公と、その様子を見てぽつりぽつりと声をかける父さんとお母さん。こどもを認めるという態度は、辻先生のコラムと共通しています。ページめくりも楽しい絵本ので、ぜひ読んでみてください。
帝京⼤学教育学部教授。元東京都図画⼯作研究会会⻑。公⽴⼩学校で図⼯専科教員として30年間勤務。⾃分で、感じて、考えて、表現する、楽しい図⼯を目指している。NHK Eテレ「キミなら何つくる?」番組委員(H25〜27)など多くの活動に参加。また『図⼯のきほん⼤図鑑材料・道具から表現⽅法まで』(PHP研究所)など著書多数。ズッコファミリア「ひつじ先生の図工相談室」では、こどもの造形活動に関して保護者が抱える悩みや疑問を⼀緒に考えます。プライベートでは二人のお孫さんに夢中。
写真/大崎えりや 取材・文/伊部玉紀
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