質問:図工・美術は学校に必要でしょうか? こどもにはもっと将来に役立つような、英語や算数、国語、プログラミングなどに時間をかけて学ばせたいと考えています。

こどもの「つくる」に関する保護者のお悩みに、楽しい図工のスペシャリスト辻政博(ひつじ先生)がお答えします。

Q:学校は、図工・美術よりももっと受験や将来に役に立つ教科に力を入れてほしいと思っています。

うちの子は絵や工作が得意でもなく、将来アーティストになるわけでもないので、図工・美術は遊びの延長のように感じます。こどもの成長にとって利点があるのでしょうか?

 

A:図工・美術は、人生でさまざまな問題に直面したときに、解決の道筋を自分で考え、実行する力を養います。

図工や美術の活動を通して、こどもたちは「自分は何をしたいのか」から出発し、やりたいことを実現するために「試行錯誤すること」を学びます。形や色、イメージを使って、ものを生み出したり、見て感じたりすることを通して、他者と思いを共有したり、違いを認め合ったりすることができます。

図工・美術は、人間のすべての活動の根本に関わる、柔軟で多様な力を培う教科だと思います。

 

多様なものの見方を育てる

国語科では言葉、算数科では数字、音楽科では音を使うように、それぞれの分野ごとに人間が世界を認識し、表現する「入り口」は異なってきます。

 

 

図工・美術は自分の感覚をイメージ化して、材料を使って形に表していく教科です。幼児期から高校生くらいまでは、自分の専門分野を決める前の時期。この期間に、多様なものの見方や感じ方を育てていくための重要な機会のひとつとして、すべての人に必要な教科だと僕は思います。

 

図工の活動を通して、幼児や小学生は、自分の身体感覚を十分に働かせながら、感覚的なものを表現します。そして、中学生や高校生になると、つくるだけでなく、「文化としてのアート」を体験することで、多様な世界を理解していくきっかけになります。

 

アートは人類の誕生とともにあるものです。人が人であることの根源には、アートがあるといってよいでしょう。歴史を振り返ってみれば、その時代の人間とともに、その時代のアートが存在します。それは、ものすごい文化的な資源なのですね。学校を卒業して社会人になっても、とても重要なもののひとつです。だから、それを味わって親しんだり、理解したりする経験を、こどもの頃から大切にしていきたいと思います。

 

自分で感じ考え、実践するかけがえのない機会

図工・美術の大きな特徴のひとつが「ものをつくる」ことです。公の学校教育の中で、誰でもものをつくる経験の場が保障されているということが重要なのですね。決して上手な絵を描かせるためや、将来のアーティストを養成するために行われているのではなく、人間としての豊かな成長に関与してくるものなのです。

 

 

こども自らが、自分の感じたことをもとに、何をやりたいのかを考えて、どうすればそれが実現できるか戦略をたて、試行錯誤しながら手を動かす。そのプロセスを体験できるのが図工・美術です。

近年「自己調整能力/自己調整学習」という言葉をよく目にしますが、自分のやりたいことを調整して、学んで、実践していくという過程は、まさに図工・美術を通して身についていくのではないかと思います。また、現代の情報化社会では、ものに触れる機会が少なくなっていますよね。実際に自分の手で触れて、ものをつくっていくという体験は、こどもにとってはかけがえのない経験になっていくと思います。

 

主人公は、わたし/ぼく

図工・美術は、こどもが主人公になって、材料を使ってものをつくり、遊び、表現する教科です。ほかの教科ではどうしてもこどもが受け身になって、外部からの内容や知識を蓄積する側面が強いです。けれども、学んだことが自分のやりたいことと結びついていないと、せっかく蓄積した知識も頭の中から消えていってしまいます。

 

図工・美術では、学習と自分の興味を結びつける一歩手前の「自分は何をしたいのか」という問いから出発します。そこが重要なのですね。自分が主体になって、やりたいという思いがあってはじめて、それを実現するために感覚や思考を働かせて、いろいろ試していくことができるのです。こうした活動をこども時代に経験するか、しないかは、その人のこれからの過ごし方というか、生き方に影響を与えると思います。

 

 

人生は問題の連続ですよね。考えもしなかった問題が起きることもあるわけですから。その問題に対して、自分はどういう考えで、どう対処していくのかを考える力はとても大事なのではないでしょうか。

 

価値観を共有したり違いを認めたり

友だちと一緒につくったり、つくったものを見せ合い意見を言い合ったりすることで、喜びを共有できるのが図工・美術でもあります。友だちの作品を見て「自分とは違う発想だな」「でも面白いな」と、他者と価値観を共有したり、異質性に気づいたりというのは、ほかの教科でもあるかもしれませんが、図工ほど間口は広くないでしょうね。

 

例えば、理科なども問題解決型の教科ですが、科学的な客観性、最終的に「正しい答え」を導かないといけないんです。でも図工は、出口がまったく違ってもいい。「答えはバラバラ」でもいいんです。そういう意味ではすごく柔軟な教科です。逆にいうととらえどころがない、わかりにくい教科だと思われるかもしれません。

 

 

とは言っても、図工・美術だけを学べばいいということではないのです。ほかの教科もまた同じです。いろいろな教科で学んだことを統合し、自分の問いに活用することで、はじめて本当の知識になっていくのです。

 

美術を専門にするかどうかは別の問題です。最終的に何を選択するかはその人の生き方ですから。でも、最初からその選択肢そのものが除外され、経験できないという環境は、こどもにとっては、不利益な状態をもたらすということが言えます。また、その道を選択しなかったとしても…つまり、どんな職業についても、図工・美術で培った感性、素養は人生を豊かにしていくものだと思います。

 

絵を描いたり、ものをつくったり、鑑賞したりすることは、誰にでもできる活動です。小さいこどもも、老人も、障害のある人も…いろいろな人が自分なりにおこなうことのできる分野です。そこに上下はありません。1年生の子が描いた絵が6年生の絵に劣るとは言えません。それぞれに価値があるのですね。図工・美術は、面白い分野だと思います。こうした独自で、多様性のある分野を小さいうちから、ぜひ経験させてください。


※各コラムでは、情報や内容について細心の注意を払っていますが、すべての方にあてはまるものではありません。 ご自身の判断のもと、あくまでも参考としてご利用ください。

辻先生のおすすめ本
書名:『りんごかもしれない

著者:ヨシタケシンスケ

出版社:ブロンズ新社

定価:1,400+

あらすじ:テーブルの上にりんごがおいてあった。…でも、…もしかしたら、これはりんごじゃないかもしれない。もしかしたら、大きなサクランボのいちぶかもしれないし、心があるのかもしれない。実は、宇宙から落ちてきた小さな星なのかもしれない…(出版社紹介より)

 

りんごひとつをとっても、多様性が潜んでいる。その可能性に気がついたこどもが、等身大のユーモラスな視点でものごとのさまざまな側面について思いをめぐらせる絵本です。「問い」から出発して、試行錯誤を重ねるこどもの姿は、図工・美術の活動とも響き合います。

PROFILE
辻 政博先⽣ つじ まさひろ

帝京⼤学教育学部教授。元東京都図画⼯作研究会会⻑。公⽴⼩学校で図⼯専科教員として30年間勤務。⾃分で、感じて、考えて、表現する、楽しい図⼯を目指している。NHK Eテレ「キミなら何つくる?」番組委員(H25〜27)など多くの活動に参加。また『図⼯のきほん⼤図鑑材料・道具から表現⽅法まで』(PHP研究所)など著書多数。ズッコファミリア「ひつじ先生の図工相談室」は、こどもの造形活動に関して保護者が抱える悩みや疑問について⼀緒に考えます。プライベートでは二人のお孫さんに夢中。

インタビュー写真/大崎えりや 取材・文/伊部玉紀

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