質問:絵の具の筆をこどもに上手に持たせる方法を教えてください。

こどもの「つくる」に関する保護者のお悩みに、楽しい図工のスペシャリスト辻政博(ひつじ先生)がお答えします。

Q:絵の具で描くとき、筆の持ち方や道具の使い方をどうやって小さいこどもに教えたらいいですか?

ただしい持ち方で筆を使わせたいと考えています。また、こどもがちいさいので、口に入れてしまわないかも心配です。

 

A:まずは、こどもが持ちたいように筆を持たせるのがいいでしょう。

心身がまだ未分化な幼児に、はじめから一般的な大人の道具の使い方を教え込むのではなく、材料や用具との出会いからはじめてはどうでしょうか。つまり、材料や用具に触れて、いろいろ試しながら、点や線を描いたり、色を塗ったりしながら、こんなこともできるよと、こども自身が使い方を発見した方が楽しいと思います。そこから経験が積み重なって、表現も広がっていくでしょう。大人は、描画材や描く環境を整えて、こどもの発見を肯定的に見守ってあげたいですね。

 

「お絵かき」という経験のはじまり

「絵を描く」のは、大まかに二つの傾向に分けられます。絵の具を使って描くことは「Painting(ペインティング)」といって、色を塗ることですね。「Drawing(ドローイング)」は、線で描くことです。絵を描くことは、この二つが入り混じった行為です。

 

 

扱う描画材の性質で、こどもの興味の方向性も変化します。例えば、絵の具なら色の感覚が楽しめますし、クレヨンや鉛筆なら、点や線を自由に描き表すという風に、描画材によって、誘発される活動の傾向が変わってきます。

 

大人が整える環境のひとつとして、描画材を意図的に選んで用意することがあります。こどもの表現を引き出すためには必要です。こどものお絵描きの意欲が高まるように、材料や用具を準備するのが大事だと思います。

 

また、市販の描画材とは別に、「枝や石ころ」で地面に絵を描いたり、「植物の汁」で色をつけて楽しんだり、曇ったガラスに指でなぞって線を描いたりするなど、いろいろなものが絵を描く材料や用具になります。身の回りにある様々なモノは、お絵かきの「資源」となります。

 

 

1歳前後の赤ちゃんは絵の具を扱うのは難しい時期です。クレヨンなどの、手に持って動かせばドローイングできる描画材のほうが、活動に入りやすいでしょう。ほかにもコンテ、パステル、カラーペン、色鉛筆、鉛筆や、自然材など、いろいろな描画材があります。それぞれの特質によってこどもの表現も変わってきます。少しずつ経験を広げていくと楽しみも増えていきますよ。

 

材料を口に運んでしまうことを心配しているお父さん・お母さんもいらっしゃると思います。安全に留意するのは、当然です。でも、小さなこどもは幼児期の名残で「口」で世界を確かめる習性が残っています。だから、口に入れそうになったら、「お口に入れちゃだめだよ」と注意していけば、「これは食べ物ではないんだ」とわかるようになっていきます。2、3歳くらいになると絵の具も使えるようになるので、絵の具で描く楽しみも味わわせたいですね。

 

「お絵かき」の意味

絵の具は圧倒的に質感と色がおもしろいので、それを味わうにはすごくいい素材だと思います。水入れやパレットなど特定の道具を揃えなくても、家にある発泡スチロールのトレーやプラスチックのカップなどの中に絵の具を入れて描けます。

 

小さい子は、筆で紙を「たたく」ことから始まります。このときこどもは、絵を描くというよりも体を動かしているんですね。そして、絵の具のついた筆が画用紙に触れて「跡」がつくことに気づくのです。

 

左上:こどもは最初とてもシンプルな動きで、筆を持った手をスナップさせて、紙の上にたたきつけます。右上:筆の軸を立てて握ると、叩くように紙に筆を押し付けます。左下:前腕(肘から下)を使えるようになると、ワイパーのように左右に動かします。右下: 肩とひじと手首が連動してくると好きな線が描けるようになってきます。筆を立てて筆先で描くようになるのはもっと大きくなってからですね。 

 

はじめて筆を持つとき、無理やり大人の筆の持ち方を教える必要はありません。まずは筆を持たせてあげて好きなようにやらせてみましょう。そうすると自分の行為が形になり、色になることに気づきます。これは、こどもとっては驚きなんですね。大発見なのです。自分の行為が、形や色になってそこに現れるのですから。そうして経験が積み重なっていくと、だんだんと自分で持ち方や動かし方を試しながら表現も広がっていきます。やがて筆の持ち方で、点や線の表情が変わることに気づきます。

 

幼いこどものお絵かきは、「何か、イメージをそこに描き表す」というよりも、筆や絵の具や紙などの材料と身体で関わることからはじまります。はじめは、行為を通して、表現媒体との関係づけを、行なっているのです。やがて経験を積むにつれて、自分の表現したいものやどう表していくかなどを、自分なりに工夫しながら試みていくようになります。自分で意味付けながら活動する創造活動は、こどもに深い喜びをもたらすでしょう。

 

「お絵かき」の環境を整える

 

幼児の頃は、絵の具の出し入れや、用具の準備も大人に任せたほうがいいでしょう。絵の具のチューブをこどもに持たせたら、押すとニュルッと絵の具が出てくる様子に夢中になってしまいます。こどもは好奇心旺盛ですから、「チューブは押されるのを待っている」と思ってしまうんですね(笑)。絵の具をすべて出しきってしまうなんて場面もあります。それを避けたい場合には、大人が絵の具と少量の水をあらかじめ混ぜておいて、こどもが描くことだけに専念できる状態に整えてあげることも大事なんですね。

 

昔、フランス人学校の幼稚園を見学したとき、事前にコップの中に絵の具が準備してあって、それをこどもたちが使っていました。こうした準備がされていると、こどもの興味は行為に向かうんですね。色を混ぜることではなく、描くことに向かっていきます。紙の上に体を使って自由に点を打つ、大きく線を描く、塗る、これを十分に経験してから、パレットと絵の具の使い方を教えてあげればいいのです。

 

自分で色を混ぜることも楽しいので、だんだんと慣れてきたら色数を増やしてあげると、いろんな色があることを認識していくと思います。

 

 

最初から正しい筆の持ち方やパレットの使い方といった作法のようなものを教え込むよりも、まずは、経験することの中から、面白さを自分でみつけることが大事だと思います。

 

筆をどちらの手で持つかなんてことも気にしなくてよいでしょう。「正しい描き方」を強制しないで、活動自体を楽しむことを優先したほうが意欲につながると思います。最初に、固定されたやり方があるのではなくて、こどもがいろいろな描画材を使って表現することを試しながら現れてきたことを自分の中に経験として蓄積していくことが学びになるのです。

 

描かれる紙(支持体)もとても大切な材料です。画用紙だけではなく、包装紙やチラシ、ダンボールなど、いろいろな質感のあるものを用意するといいでしょう。段ボールは、感覚や感情が移入しやすい材料です。真っ白な画用紙は、漂白してあるので、自然の中にない色です。描くことを強要してくるというか、緊張してしまうところがある。チラシの裏や破ったカレンダーの裏などは、ちょっと描いてみてもいいかなという気持ちになるんですよ。同じ色でも紙の質感が違うと色が違って見えるので、それもこどもにとっては経験になります。

 

描く場所も、机で描いたり、床に置いて描いたり、画板などを使って椅子や壁に立てかけて描いたり、場の設定によっても表現が変わってきます。どんな場所で、どんな状態で描くかということは、描画活動に大きく影響してきます。

 

「絵の具遊び」の楽しさ

私の孫も家にくると遊びの延長でお絵かきをします。最初は筆で描いていましたが、だんだんと絵の具を手の平につけたり、足の裏に塗って踏んだりして、体全体で絵の具の質感を楽しんでいます。後片付けがたいへんですが(笑)、水場で手を洗うのもこどもにとっては楽しい遊びなので、それもいい経験だと思います。最初は私から呼びかけていましたが、最近は孫から「お絵かきしたい」と言うようになりました。お絵かきという活動がこどもの中に定着してきたからですね。

 

現代社会では、こどもが自然に触れる機会が圧倒的に少なくなってきています。そうした環境の中で、手に絵の具をつけて描くことは、身体感覚を活性化するひとつの経験になるのではないでしょうか。はじめて、孫の手のひらに絵の具をのせたとき、びっくりして「なんだこの物体は?」という顔をしました(笑)。筆で描くよりも手で描くほうが身体感覚としては直接的なので、慣れてくると夢中になります。こどもは水を触るのが好きだから、手で描いたあと水で洗うとすっきりしたような顔をしていますね。

 

 

また、お絵かきの「すっきり感」は、単に感覚的なものだけではなく、夢中になってやった行為が、外部に表されて残ることにも関係があるでしょう。遊んだ後で、それを眺めることができる。内面で生じたことを客観的に見つめ直すことができる。そこに独自の「すっきり感」があるように感じます。そして、こどもがやったことに対して賞賛してあげればもっと好きになるでしょう。

 

もちろん個人差はあると思います。あんまり無理にやらせると嫌いになってしまうこともあるので、苦手と感じている子には、色水をつくってあげて見せるだけでも楽しめるのではないでしょうか。その子に合った入り口から経験していけばいいのですよ。

 

人間は身体でできているので、身体から得た感覚が知覚になって、知覚が記憶と結びついてイメージになります。体から入ってくる情報を脳で取りまとめて、ものを認識し、活動を行なっています。だからこそ、身体感覚を活性化させる遊びはこどもの育ちにとってとても大切な機会なのです。


※各コラムでは、情報や内容について細心の注意を払っていますが、すべての方にあてはまるものではありません。 ご自身の判断のもと、あくまでも参考としてご利用ください。

辻先生のおすすめ本
書名:『造形素材にくわしい本 こども見つける創造回路

著者:内野 務

出版社:日本文教出版

定価:2,500+

内容:素材が材料になるとき、こどもは夢中で動き出す。こどもが主体的に活動する図工のひみつ。(BOOKデータベースより)

 

こどもが造形活動をするとき、この世界にはどんな素材があるのかを知ったり、どんな特徴があるのかを体験したりすることが表現へと繋がります。本書は、長年図工の先生としてこどもたちを見てきた著者が、こどもの造形活動をサポートするために必要な素材についての知識や経験を紹介した一冊。その理念は辻先生のコラムとも響き合います。バラエティ豊かな素材たちを見ると、大人のこころもワクワクしてきます。

PROFILE
辻 政博先⽣ つじ まさひろ

帝京⼤学教育学部教授。元東京都図画⼯作研究会会⻑。公⽴⼩学校で図⼯専科教員として30年間勤務。⾃分で、感じて、考えて、表現する、楽しい図⼯を目指している。NHK Eテレ「キミなら何つくる?」番組委員(H25〜27)など多くの活動に参加。また『図⼯のきほん⼤図鑑材料・道具から表現⽅法まで』(PHP研究所)など著書多数。ズッコファミリア「ひつじ先生の図工相談室」は、こどもの造形活動に関して保護者が抱える悩みや疑問について⼀緒に考えます。プライベートでは二人のお孫さんに夢中。

インタビュー写真/大崎えりや 取材・文/伊部玉紀

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