【インタビュー】Eテレ『大科学実験』プロデューサー森美樹さんの科学と美術、ふたつの“表現”

「おとなとずこう」では、さまざまな分野で活躍するキーパーソンに、仕事のことや、「つくる」にまつわるこども時代のエピソードをインタビュー。現在の自分にとって「つくる」がどう刻まれているのかを探求する。第一回目のゲストは、NHK Eテレの人気番組『discover science大科学実験』のチーフ・プロデューサ森美樹さんだ。科学と美術、こどもの頃の図工・美術体験について話を聞いた。

『大科学実験』

わたしたちは幼少の頃から絵を描いたり、工作したり、学校での図工や美術の授業もあわせていろんな「つくる」を体験してきた。そこから、さまざまなものから必要なものを選び取って、組み立てて、自分だけの答えを導きだす「表現」という方法を知らず知らず自分の中に刻み込んでいるのではないだろうか。そしてそんな体験は、大人になったときにどんなふうに息づいているのだろうか。それを探るため、わたしたちはNHK Eテレ『discover science大科学実験』のチーフ・プロデューサーの森美樹さんを訪ねた。

「やってみなくちゃわからない」というフレーズが印象的な『大科学実験』は、自然や科学の法則を実験により検証していく番組だ。太陽光で空気を暖めて巨大なくじら型バルーンを膨らませたり、音の速さを人力で目に見えるように測ったり、その実験方法はユニークで、映像はスタイリッシュ。一見、対極にある科学と美術というふたつの要素を組み合わせたのが森さんだ。この発想はどこから生まれてきたのだろうか。

大学、大学院と生物の遺伝子の進化を学び、NHKに入局した森美樹さん。森さんが携わった『大科学実験』は、中東のテレビ局アル・ジャジーラ子どもチャンネルとの取り組みでもあり、彼らからのオーダーは「つまらなければこどもは絶対に見ないので、エンターテイニングな番組にしてほしい」だったという。この番組を制作するにあたり、発想自体をエンターテイメントにしていかなくては、世界に通じる番組はつくれないと考えた森さん。そこで、できるだけウィットに富んだユーモアのある内容にしようと意識したという。


©NHK/ NED/ JCC

 

エンターテイメントに富んだ科学番組をつくるため、森さんが制作を依頼したのが、CMやプロモーションビデオ、デザインに長けた制作会社だった。当時、NHKの番組制作の経験がない会社だったが、映像のプロなら、「レモンジュースで車が動くおもしろさ」や「音というものが規則的に伝わっていく美しさ」といった「おもしろいことや美しいさま」を、きちんと伝わるように捉えてくれるのではないかと考えたからだ。映像を見たこどもたちに、言葉がなくても「えー!きれい」「うわぁ、楽しい」と思ってもらえるようにしたかったという。これまで、理系の実験番組の制作を美術やデザイン系の会社に依頼することはなかったが、森さんは「科学と美術は同義語」と昔から考えてきたという。


©NHK/ NED/ JCC

 

学生時代、生物学を専攻していると話すと、周囲からは「難しそう」という反応が多かったという森さん。大学院修了後、NHKに入社し、福井局に配属されていた期間に、県内の使われていない田んぼで、東京の美大生がアート作品をつくるという内容の番組を企画した。そのとき参加した美大生たちに生物の進化の話をすると、とてもおもしろがられたという。さらに、「彼らはおもしろがり方がうまくて、こっち(理系)がおもしろいと思っていることを、彼ら(美術系)もおもしろい、理解したいと思ってくれる」と感じた森さんは、彼らと話すうちに「感覚は同じ」だと気がついたのだ。「おもしろいとか、感動する部分は同じ。でも、その表現の形が違うだけ。真理は見つからないけれど、真理に近いところにアプローチしたいと思う気持ちは等しいのでしょう」と言う。ただ、理系の考え方は、感情を排除しようとする。100人中100人が「この論文は正しいです」というものにしていくのが科学の論法だからだ。逆に、美術や音楽、文章などは「人によって好きなものが違ってもいい」「みんながみんな100パーセント、これはいいと言うことはない」という面があり、科学との違いはそういうところぐらいだと、森さんは語る。


 

『大科学実験』は、プロデューサーの森さん、実験の段取りやテストをおこなって実験をプランニングする人、そして、映像をつくるディレクター。この3者が軸となって制作される。森さんも映像に関する知識は持っていたが、この番組で自分が求める映像をつくるには、映像ディレクターの力が欠かせなという思いがあった。

「わたしは小さな頃から、自然が大好きで。それと同時に、好きになったものを、自分のものにしたいという思いも強くて。昔、青い花を絵に描いてみたんですが、描き進むうちに『この花、すごく好きなのに、なんでわたしにはこんなふうにしか描けないんだろう…。本当は、こうじゃない』って、なってしまって…。絵でもなんでも、自分の『大好き!』という気持ちが、同じくらいあらわれてほしいんです」と、笑う。

 

この「好きなものを思うように描けない」という、森さんの歯がゆい思いを映像ディレクターが形にしていく。しわしわのソーラーバルーンに、徐々に空気が入り、バルーンがピーンと張っていく臨場感や、美しさに満ちた現象のディテールが映像ディレクターによって描かれ、あの『大科学実験』の映像が生まれるのだ。「科学の人間は、実証することばかりに夢中になって、それを表現するというのが苦手なのかもしれません」と森さんは語る。


©NHK/ NED/ JCC

 

科学系の森さんたちと美術系の映像ディレクターとの間で、表現の違いゆえにぶつかることもあるという。

「例えば、実験の担当者とわたしとで、『電磁石』というテーマでどういうことができるのかをまずは考え、番組の構成を組み立てていきます。そこに、映像ディレクターが電磁石なら『忍者を入れて、壁を登らせたい』という演出を提案してきたんですが、わたしは『忍者はいらない』と言うんです(笑)。『空飛ぶクジラ』では、わたしは丸に尻尾とひれがついていればクジラに見えると考えていたのですが、映像ディレクターはきちんとデザインされたクジラでなくてはダメ、と。精巧な小型模型までつくってプレゼンしてきました。そんなエピソードはたくさんあります」

最終的に、森さんが「きちんと伝えたいことが伝えられているか」という点に注意をはらい、実験と映像のバランスをとることで『大科学実験』は完成する。 また、番組では、忍者が何度も壁を登るのに失敗したり、簡単にバルーンは膨らまない様子など、試行錯誤の過程もきちんと見せている。


©NHK/ NED/ JCC

 

理由は、科学とは成功するために実験をおこなうのではなく、やってみたらこうなった。それを失敗、成功という価値をつけようとするのは、周りの人間。科学者にとっては「こういう条件でこれをやったら、こういう結果になりました」という事実があるだけ、という考えを伝えるためだ。

「結果がこうなったらいいなと、期待しているストーリーから外れると、失敗に見えるかもしれないけれど、それは失敗と見たい人がそう見ているだけです。わたしは『失敗』という言い方をしたくも、言いたくもないので、そこを番組でもちゃんと見せることが大事だと考えていました」と、森さんは真剣なまなざしで語る。

 

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PROFILE
森 美樹 もり みき

株式会社NHKエデュケーショナル 教育部 専任部長。 北海道大学理学部生物学科を経て、名古屋大学大学院理学専攻博士前期課程修了。1992年にNHK入局。2008年よりアル・ジャジーラ子どもチャンネルとの国際共同制作プロジェクト『discover science大科学実験』をプロデュース。その実績を基に、2013年よりNHKで子供教育コンテンツの国際国内展開戦略推進に携わり、ヨーロッパ・アジア・北米・南米・アフリカの制作者・放送業者とのネットワークを広げる。2016年6月よりNHKエデュケーショナル教育部にて、通信制高校生の高校卒業資格取得等に活用される「高校講座」統括として、主に通信高校現場と連携し活用される番組制作・プラットフォーム構築等に携わる。

写真/仁志しおり インタビュー・文/ズッコファミリア編集部

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