【インタビュー】ダウン症のアーティスト・おがたりこさんファミリー「上手いかどうかより、りこそのものが絵に表れていればいい」

おがたりこさんは、本サイトの連載コラム「発達のイッポ」でメインアートを提供してくださったアーティストです。ダウン症で、言葉のやりとりが不得意なりこさんにとって、絵は世界とつながる大きな扉。福祉作業所での就労のかたわら休日に続けられている創作活動は、今や展覧会の開催からパッケージのコラボレーションまで、どんどん社会へ向けて広がってきています。そんなりこさんの絵の才能は、家族のどのような支えによって育まれてきたのか、ご両親の尾形雅子さん、敏朗さんにお話を伺いました。

他人の目が入って、絵のよさを再発見できた

りこさんの作品を、2018年2月~10月にかけてメインアートにしたコラム「発達のイッポ」は、さまざまな理由から道具や材料を物理的に上手く扱えないこどもたちに向けて、遊びを通して制作上のストレスを改善する方法を提案しています。ダウン症のりこさんは、幼少期から絵に親しみ、既成の枠を超えて、のびのびと絵で自己表現をされています。その力強い絵は、「障害の先にある表現の楽しさを感じてほしい」という、同連載に込めた編集部の思いと響き合います。

 

 

――りこさんは十代からアーティストとして活動されていますが、最初に絵を描くきっかけは何だったのでしょうか?

 

雅子 りこが4、5歳の時に、夫の転勤先の大阪で親子向けの絵画教室に私と通ったのが最初です。当時はまだ幼かったので、絵の具を手で塗ったり、筆につけてパシャパシャ飛び散らしたり、身体に塗ったり、結構ダイナミックに暴れていましたね(笑)。

 

――もともと雅子さん自身も絵に興味をもっていたのですか?

 

雅子 絵を描いてみたいなと、ずっと思っていました。その教室では何でも自由にやってよかったので、私ものびのびとできて楽しかったです。りこは途中で通わなくなったのですが、私は続けていて、東京に戻ってからも別の絵画造形教室に通っていました。その時はりこも同行して、私の隣で絵を描いていました。そうするうちにりこの絵が先生に認められて、一緒にグループ展に出してもらえるようになったんです。

 

――りこさんは小さい頃から創作に馴染んでこられたんですね。

 

雅子 はい。日常的にも遊びでいろいろつくっていました。チラシを切って丸めてタコとかね。言葉があまりしゃべれないので、学校でも一人だけ、つくったものを見せて発表していました。

 

 

――ものづくりが日常の表現手段なんですね。りこさんのグループ展への参加は飛躍になりましたか?

 

敏朗 自分のこどもだから、最初は「かわいい絵だね」とは言っていました。でも、グループ展をきっかけに、他の人から「すごくいいね」と言われるようになったんです。そこから改めて見ると、「ああ、なるほどな」と、この子の絵のよさを再発見しましたね。

 

雅子 さらに東京・世田谷にあるカフェギャラリーF★E★Pの小林玲子さん(※1)と出会い、大きな絵を描けたこともステップアップになりました。小林さんが企画したワークショップへの参加が縁で、制作面などをサポートしてくださるようになったんです。2012年にF★E★Pで個展をした時に、初めて壁画を描かせてもらいました。

 

世田谷にあるカフェギャラリーF★E★P。りこさんはこの一角で週末に絵を描いている。

2012年、F★E★Pで開催された個展の時に初めて描いた壁画「はるくまくん、これでOK!」270×320cm Photo by FISHPHOTO

 

――りこさんはどんな風に壁画を描かれたんですか?

 

敏朗 いきなり描きましたね。どんどんどんどんと。

 

雅子 りこは描く時にとにかく集中しますが、二日くらいで壁一面、全部描いてしまいました。私が「バックの色をお手伝いで塗ろうか?」と聞いたら、「ダメ」と言われました(笑)。制作中の彼女は迷いがなくて、後ろに下がって見るでもなくどんどん描いて、描き終わったらパッとおしまい。すごく楽しそうでした。

 

すべての存在がつながる世界

――壁画はカラフルでしたが、色へのこだわりや画材の好みなどは感じられますか?

 

雅子 絵を始めた頃は、くっきりとかすれず描き続けられる水性ペンのポスカが好きで、カラフルな絵が多かったです。それが黒を中心に筆で描くなど、だんだんと変わってきました。

 

――りこさんの絵の中には、「ふじさん」や「gaga-kébé(ガガケベ)」などいろいろなキャラクターが登場してきますね。

 

雅子 ええ。最近のお気に入りは「コジラさん」シリーズです。今日描いている絵もそうですが、ゴジラがモチーフです。

 

敏朗 家にゴジラの人形があるんです。りこが気に入っているのは背中のギザギザしたところで、「骨」と言っています(笑)。

 

左2点が「gaga-kébé」シリーズ(2017年)。右が最近の「コジラさん」。ゴジラの背びれがくるくると描かれている。

 

――気に入ったものは絵に表れてくるのでしょうか。

 

雅子 はい。りこが大好きで、昔からよく描いているキャラクター「はるくま」のモデルは、テディベアなんです。おじいちゃんが亡くなってから、お仏壇の横に座らせていたそのテディベアが絵に出てくるようになりました。おじいちゃんと何か結びついているのかなと思うのですが。

 

敏朗 りこにとって、お葬式は初めてだったので、人がいなくなるということが不思議だったんだと思います。ひと頃は「はるくま」ばかり描いていましたね。

 

「Halukuma Smile!!」(2012年) 22×27.3cm Photo by FISHPHOTO 「はるくま」の名は亡くなった晴生おじいちゃんの名前から。

 

雅子 りこから「おじいちゃんどこ行ったの?」って聞かれて、「富士山の向こうのお空の上にいるんだよ」と話したので、富士山のモチーフも好きになったような気がします。最初「ガガケベ」は富士山の周りに描かれていて、なんとなく…。

 

――魂のようでもありますね。もしくは八百万の神のような。

 

雅子 そうなんです。生きているものも死んでいるものも、人間も動物も、りこにとってはあまり区別がないような気がします。みんなつながっているんじゃないかなと。死に対しても暗いイメージをもっていない。顔を描く時もスマイルが好き。私がはるくまの口をへの字に描くと、消して直されたことがあって、やっぱり笑顔を意識して描いてるんだなと思いました。

 

「gaga-kébé」シリーズ(2018年) 近頃は筆跡がよりダイナミックになり、絵が抽象化してきた。

 

――絵の制作を通じて、どんなところにりこさんらしさを感じますか?

 

雅子 のびのびと筆を運ぶとか、形を描くといったアクションそのものが好きなんだと感じます。滲みを出したり模様をつくったりということも、とても楽しそうにやっています。

 

敏朗 描いている時は本当に自由で、端で見ていても壮快です。大きいキャンバスでも、まったく躊躇せず、スッスッと気持ちよさそうに描いていきます。

 

――画材を惜しみなく使って、思いきり表現できるというのは、じつはとても大切なことなんですね。

 

大型の作品を制作しているF★E★Pでは、オーナーの小林さんがりこさんに合いそうな画材をその都度用意している。

 


※1:カフェギャラリーF★E★Pのオーナー。 NYで建築イラストレーター、インテリアデザインを経て、LAにて、映画、TVなどのアートディレクター、プロダクションデザイナーとして活動。帰国後、デザインや企画、ボランティアに携わりながら、アートクラス、カフェ、デザイン販売のコンセプトスペースF★E★Pを開設。

 

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PROFILE
おがたりこ アーティスト

1994年、東京都世田谷区に生まれる。ダウン症。幼少より絵を描き始め、2007年、母の通う絵画造形教室の作品展に参加し、以後4年連続出品。2010年、都立特別支援学校に入学。この頃よりさまざまなグループ展に参加し、発表の場を広げる。2011年、銀座のArt Space REVERSEで本格的な初個展を開催。以後2012、2013、2014、2016年と個展開催。2013年より世田谷の福祉作業所に適所。就労のかたわら休日を基本に制作活動を続ける。「ロバミュージアム2012」しりあがり寿マイスター賞、「ロバミュージアム2013」KIKIマイスター賞、「HUMAN MUSEUM 2018」ヒロ杉山マイスター賞受賞。お菓子のパッケージなどにも絵を提供している。

おがたりこ公式HP: https://www.riko10.com/

取材協力:F★E★P
F★E★P公式HP: http://fep-art.com/

写真/仁志しおり インタビュー・文/宮村周子

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