【インタビュー】「モリウミアス」油井元太郎さんがつくる、こどもたちの「学び」起点の復興メソッド 前編

「おとなとずこう」では、さまざまな分野で活躍するキーパーソンに、仕事のことや、「つくる」にまつわるこども時代のエピソードをインタビューする。きっとそれぞれの今の生き方に、「つくる」記憶の土台が生きているはずだ。第2回目のゲストは、宮城県石巻市のこどもの複合体験施設 MORIUMIUS(モリウミアス)のフィールドディレクター、油井元太郎さん。ボランティア活動からはじめ、被災地にこどもたちのサステナブルに生きる力を育む学びの場を作り上げた。そのユニークな実行力のみなもとには、どんな「つくる」体験があるのだろうか。

2つの人気施設を作ったキーパーソン

年間85万人以上もの親子が訪れるテーマパーク「キッザニア東京」。列車運転士や消防士、キャビンアテンダントや銀行員、食べ物屋さんなど約60もの職種を体験できる、こどもが主役の「エデュテインメント」の街は、今やファミリー向け施設の定番になった。一方、宮城県石巻市の北上川河口にほど近い雄勝町の旧小学校をリノベーションし、2015年に開業した「モリウミアス」。その名の通り、ここは森や海などの自然豊かな環境で森や田畑、海をフィールドに漁師や農家、語り部といった地元住民たちとの協業によって体験プログラムを展開している体験施設だ。地元、近県のこどもたちが利用するだけでなく、夏休みや春休みなどには都会からも多くのこどもたちがやってきて長期滞在している。


 

資本関係は何もないこの2つの施設だが、ひとりのキーパーソンだけが共通している。それが現モリウミアスの代表兼フィールドディレクター、油井元太郎さんだ。2つともこどものための施設だが、油井さんはいわゆる「教育のスペシャリスト」ではない。“フィールドディレクター”の意味を聞くと、「ナゾな肩書きですよねえ(笑)。学びや滞在のフィールドの責任者の意味を込めています。運営面は現地のスタッフたちに任せ、マネジメントや外への発信、あとは組織として機能するようにするのが私の役割です」。説明は控えめだが、この人なくしてはキッザニア東京もモリウミアスも成り立たなかった。アメリカでの仕事を辞めて帰国し、キッザニア東京の設立から関わりコンテンツ開発の第一線で活躍。しかし東日本大震災のあと、雄勝町の復興支援に取り組んでいた知人に共感し、廃校となった小学校との出会いから退職してモリウミアスのコンセプトを実現すべく奔走した。


 

モリウミアスのコンセプト。それは、ウニ・ホタテ・ホヤ・銀鮭などの養殖が盛んなリアス式海岸の雄勝湾を目の前にし、また野生の鹿など動物・鳥・昆虫、山の恵みも豊富な牡鹿半島の森を後背地とする、この桑浜という地区で、こどもたちに自然との共生を経験させ、何かを気づき成長してもらうこと。「サステナビリティ」(持続可能性)に基づいた宿泊体験メニューは、都会で子育てをする多くの親たちに賞賛されている。今も頻繁に東京の自宅と宮城の現地との行き来を繰り返し、それぞれ半々の生活を送っている油井さん。その情熱の源泉はどこにあるのだろうか。


小学校での体験と、家での図画の時間

大学教授だった父親の仕事の都合で、小学校時代を米国カリフォルニア州バークレーで過ごした。彼の「こども」への眼差しはまず、この時代に根がありそうだ。歴史学を研究していた父。それと対照的に母親は当時、主婦でありながら画家でもあったという。

 

「家中に世界のアーティストの画集などがあったし、一日中絵を描いている人が近くにいました。姉と3人で一緒によく絵は描かされましたね。おもにパステルですが、自分で達成感があったのは油絵具をべったべたに塗るジャクソン・ポロック(※1)みたいな抽象画。それを母親も否定しなかったし、いいねとか、この辺がこうだねとか言うだけ。母親との時間はけっこう楽しんでいました」。


 

ところが通っていた現地校での図工・美術の時間の印象は、あまり残っていないという。ベトナム戦争による深刻な財政赤字で「芸術教育不要論」が全米に広がり社会で賛否が割れた80年代前半の事情(※2)と、油井さんの記憶は重なってみえる。しかし偶然か、母の愛ゆえなのか、彼は家庭のなかで”足りないピース”が十二分に補われていたらしい。そして小学校の教室には、人種の坩堝(るつぼ)と言えるほどの多様性があった。

 

「肌の色でいうと、全ての色(のこどもたち)がいましたね。アジア系もアフリカアメリカンも、南米系、中東やもちろん白人も。全校でも日本人は2~3人しかいませんでした。アメリカでは長所を伸ばす教育を大切にすると、よく言われますね。それは多様性ゆえだと思うんですよね。言語も宗教も、バックグラウンドが違う人々が同じ場所にいる中で、弱いところや差異を直していくというよりは、それぞれの良さを尊重していく手段をとらざるを得ないでしょう。自分のように英語がまだ話せない少数派弱者でも寛容に受け容れてくれて、怒られるよりは褒められる回数のほうが多かった。自分にとってはそれがよかったなと思います」


 

油井さんのもうひとつのバックボーンは、音楽。祖父のいとこがジャズ評論家で、会うたびにジャズのLPレコードをもらっていたそう。その人からの影響は大きく、東京で過ごした中学・高校生時代はジャズや黒人音楽に大きく傾倒した。大学は「帰っていく感覚で」また米国へ。奨学金を取りペンシルバニア州レバノンバレー大学で音響工学を学んだ後、ニューヨークでジャズの録音を多く手がけていた音楽スタジオにエンジニアとして2年間勤務。そして日本テレビの現地法人へ転職し、アメリカンフットボールやインディカーレースの中継など、おもにスポーツコンテンツの現地コーディネートやプロデューサーの仕事にたずさわった。

 

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PROFILE
油井元太郎 ゆい げんたろう

公益社団法人MORIUMIUS理事 /「モリウミアス」フィールドディレクター
1975年東京生まれ。アメリカの大学を卒業後、ニューヨークで音楽やテレビの仕事に就く。2004年9月に株式会社キッズシティージャパンの創業メンバーとしてキッザニアの日本導入に取り組む。2006・09年に東京と甲子園に施設をオープン、年間約80万人に体験を通じた学びの機会をつくる。2013年より宮城県石巻市雄勝町に残る築94年の廃校を再生するプロジェクトに着手し、自然の循環や土地の文化、多様性を体感する学び場として2015年にオープンさせ、以降こどもの教育を通じた町の新生を目指す。

 

モリウミアス公式HP http://moriumius.jp

写真/永峰拓也 インタビュー・文/金子義則

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